「オープンマインド」(読むのがめんどくさい閲覧注意)
僕は新しい人や新しい場所が苦手です。
そのままでもいいんだけど、
一人でもいいんだけど、
最近の自分の行動テーマが
「楽しく苦しもう」(結構前から)
「人生の後半戦は楽しもう」(34歳すぎから)
「変化の中に楽あり」(最近)
「“楽しい”にフォーカスしよう」(最近)
みたいな感じでして。
ツイッターやフェイスブックをとおして「オープンマインド」を体感してます。
自分の写真とかを公開しちゃう実験。
自分を知られる恐怖の向こう側に楽しさがあった。
自分は自分でしかないなっていう悟りもあったかな。
もういいやってかんじ。
他人には話さなかったことも話す、見せる。という実験。
あそっか、
あそっか、
「自分を知られる恐怖」=「自分を拒絶される恐怖」
なのかな。
そんでまあSNSはゆるいもんで、
きにいったら「いいね!」押すだけだし、
でも押してもらうことで徐々に救われたのかもしれない。
「拒絶されるかもしれない」という恐怖は実体のない思い込みだったわけだ。
(もちろん拒絶されることはあるとおもうけどw全員じゃないっていみで)
僕が得た感覚は…
「自分を知ってもらう」=「自由」という感覚。
等身大の自分で生きる、みたいな感覚。
ああ、俺このままでもいいんだな、っていう感覚というか。
たぶんヌーディストビーチに行く人が得る快感と似てるな。
なのかな。
そんでまあSNSはゆるいもんで、
きにいったら「いいね!」押すだけだし、
でも押してもらうことで徐々に救われたのかもしれない。
「拒絶されるかもしれない」という恐怖は実体のない思い込みだったわけだ。
(もちろん拒絶されることはあるとおもうけどw全員じゃないっていみで)
僕が得た感覚は…
「自分を知ってもらう」=「自由」という感覚。
等身大の自分で生きる、みたいな感覚。
ああ、俺このままでもいいんだな、っていう感覚というか。
たぶんヌーディストビーチに行く人が得る快感と似てるな。
あと昼飯を色んなところで食べるようにする実験。
ずっと同じものを食べ続けられるし、知らない店に行くのが怖い。
そのへんの自分らしさを楽しく開拓する実験。
食べたものをツイッターに流すのを目標に、自分なりにいろいろ食べた。
そいこうしているうちに、だんだん、知らない人にも話しかけられるようになってきたみたい。
すき家の店員に話しかけるとかw
電車で席を譲るとかw
以前より平常心でできるようになってきたんだ。
以前はどうも踏み切れなかった、勉強会のスピーカーも
意外にすんなりひきうけちゃったり。
知らないばかりの交流会にいってみたり。
親友の誘いだからいけたけど、直前まで断ろうか迷ったんだ。
でもどこかで、「冒険する自分」を楽しんでて、
楽しさにフォーカスすることで余計な心配を回避できたかも。
よくわからない、みえない恐怖に引きずられる人生だったけど
そのへんがちょっとずつ変わってきたかもね。
無理に変わる必要もないけど、楽しめるなら、どんどん変わったことをやったほうがいいかも。自分の習慣を壊し続けるというか、見直すというか。
無意識下にいる「ココロのクセ」を払拭するには
楽しみながら「行動を変える」しかないとわかってはいたけど
本当にそうなんかなぁと思った。
どうせ人生は思い通りにはならない。
でも楽しむことはできる。
どう楽しむか?に頭を使っていれば
いつのまにか楽しい人生になってくるし
まわりの誰かを楽しませるチカラももてるんジャマイカ。
そんなまとめ。
でも楽しむことはできる。
どう楽しむか?に頭を使っていれば
いつのまにか楽しい人生になってくるし
まわりの誰かを楽しませるチカラももてるんジャマイカ。
そんなまとめ。