悲しむなかれ 我が友よ

友達がこんなエントリーをUPしてた。


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適当に一生懸命
2009年12月6日日曜日
「俺って・・・ 」


人のために何かしようと思ってたけど、
人のせいにしていると言われた。

人の想いを大切にしようと思ってたけど、
人に迷惑をかけてたみたいだ。

久々に泣いた。

こんな時一人って辛いな・・・

どうすればいいのかなぁ・・・


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僕もかなり内省的で落ち込みやすい暗い部分を心に持っているのでよくわかります。

だが!落ち込む必要はない!
それはなぜか!


(1)「人のために何かしようと」
とてもいいことです。
こういう人の傍にいるのは楽しい。

(2)「人のせいにしていると言われた」
情が深いから、ついつい熱くなってしまったのでは。
人に何かを伝えたい、わかってもらいたいときに
その人や、周りのことを責めてはいけません。
そこだけ気をつけましょう。それだけ。

(3)「人の想いを大切にしようと」
大変いいことです。
こういう人の傍にいるのは癒される。

(4)「人に迷惑をかけてたみたいだ」
情が厚いとついつい「おせっかい」に発展しがち。
そこ注意。
ただ、まず前提として

「生きる」とは「周りに迷惑をかける」こと

というのををわかってほしい。
生きるためには食べなきゃいけない。
自らの生命を維持するだけで、他のいのちに迷惑をかけるわけ。
でもさ

それって「悪」?

いいえ。 「自然」です。
善でも悪でもなく、「そういうもん」です。
無機です。じねんとも読みますね。

そんで、だから、
そういうたくさんの「いのち」に「感謝」することが大事なんですね。
迷惑をかけるのは基本的に

「お互いさま」

であり、自分が生きていけるのは

「おかげさま」

なんですね。「お陰様」というくらいだから、陰で
見えないところで、いろいろとご迷惑おかけしてて
でもそのおかげでいのちを保ってるんです。

ここは落ち込むところじゃないんです。
「ああ、ありがてーなー。しあわせだなー。」
とつぶやくところなんです。


<まとめ>
他人に迷惑をかけるのは「お互い様」なので落ち込むところではない。
大切なのは「自分のこころのクセ」を自覚することなのだ。
そのクセとは
 情に厚く「相手の苦楽を共有できる」という反面、
 「この人をどうにかしたい!」という想いが強くなりやすいため

 「相手を責めてる(ようなかんじ)」になりやすい
 「おせっかい」とおもわれやすい。

のではあるまいか。
とおもったのです。

つまり一言で言うと

おまえは一人じゃないんだ。落ち込む必要もないぜ。

といいたいわけよ。



  遠き別れに 耐えかねて

  この高殿に 登るかな

  悲しむなかれ 我が友よ

  旅の衣を ととのえよ


        島崎 藤村




自分を信じろ、わが友よ!

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